その1:経管栄養 ~固形化栄養法の実際
~訪問看護サービスをご利用されたCさんの場合~
経管栄養法とは、ご病気が原因で口から食物を食べたり飲んだり出来なくなった場合(嚥下障害や消化管の通過障害 等)或いは必要とされる栄養量が口からの摂取が不十分となった場合(経口からの栄養摂取不良)に、身体の栄養状態を改善することを目的として、胃瘻或いは鼻腔を経由して専用カテーテル等を留置し栄養の供給を可能とする医療的手法のひとつです。
栄養改善を目的とした経管栄養法は、確実に栄養の供給路が確保されることから、その有用性を含めて一般的にも広く知られるようになりました。しかしながら経管栄養法を継続するにあたり、最近ではさまざまな合併症や二次的障害に対する課題も指摘され始めている現状もあります。
訪問看護サービスご利用されたCさんは、長い間、経管栄養法を継続しながら療養生活を送られていましたが、注入した栄養剤が頻繁に口内へ逆流するようになりました(原因は不明)。注入時間を延長しても症状が改善せず、嚥下性肺炎の発症を繰り返すようになったことから、固形化栄養法を実施した結果、肺炎予防の効果のみに留まらず、さまざまな効果を得ることができました。
(1)必要なものを準備しましょう
固形化栄養法は栄養剤のみを固形化(比重を高くして)注入するだけでは固形化栄養法の効果を得ることは困難です(特に嘔吐や口内逆流が起こる場合には効果を得ることが困難です)。固形化栄養法は栄養剤のみでなく、経管栄養法として必要とされるすべての水分に対して固形化することで始めて効果を得ることが可能となります。(※ ただしフラッシュ用及び薬剤を注入するために最低限必要な水分は除く)
注入される栄養剤・水分補給(白湯)・可能であれば内服薬もそれぞれ個別に、寒天を使用しプリン或いはゼリー液の作り方と同じ調理法で寒天液をつくります。
それぞれ原液を作ったら、寒天が固まらないうちに注射器で吸い上げ、空気を抜き、冷蔵庫で冷やし固めます。注入1時間前には常温に戻して冷感をとるか、或いはビニール袋に入れ、湯銭にかけて人肌程度に暖めてから注入しましょう。
Cさんの場合は、従来までの滴下する手法で経管栄養法を長期に継続した際、以下の点が課題となりました。
- 注入中或いは注入後まもなく嘔吐或いはしゃっくり(吃逆)が原因で口腔内へ注入物が逆流し嚥下性肺炎を繰り返した。
- 1.が原因となり、痰の量が増え頻回に痰を吸引しなければならなくなった。(介護負担 増)
- 口腔内の汚れが強くなった(真菌感染の危険)
- 胃瘻周囲の漏れが強くなった( 漏れが原因で瘻孔周囲の皮膚のただれが発生 )
- 下痢と便秘を繰り返すようになった。( 下痢が原因となり皮膚のただれが発生 )
- 注入時間を延長することで、本人及び介護者の拘束時間が増えた。( 注入による拘束時間の延長に伴うストレス増 )
○ 固形化栄養法の注入メニューの一例
◆ 1日のカロリー摂取量:800kcal/日
◆ 内服薬使用水分量:1回量25ml/朝夕2回実施
◆ 1日の水分 総摂取量:1700ml/日
・・・の注入が必要とされた場合
栄養剤と内服薬をそれぞれ固形化栄養とするために使用する水分量は
◆ 栄養剤 + 寒天を溶かすために使用した水200ml
◆ 内服薬 + 寒天を溶かすために使用した水50ml
( ※ 朝夕2回/日なので100ml使用 )
・・・となると、水分補給用の固形化栄養は
◆ 1700-1000-100 = 600ml
よって水分補給用の固形化栄養は600ml分を用意します。
・・・上記の注入メニューの場合は50mlのカテーテルチップ注射器を使用し、1本の注射器に60ml吸い上げて固形化栄養を準備した場合、固形化栄養法で1日必要とするカテーテルチップ注射器は 29本分/日 となります。これを1日に4~5回程度に分けて(3~4時間の注入間隔で)注入します。
(注) 注入体位は従来の経管栄養法と同様、ギャッジUP70度前後とし、注入前には必ず背抜きをしてから実施しましょう。
(2)固形化栄養を実施しましょう
◇ 固形化栄養法の実施例(※ 1回の実施時間を15分間とした場合 ・・・あくまで一例です。)
実施スケジュール
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栄養剤の注入量
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内服薬の注入量
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水分補給量
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1日の注入経過
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AM
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7:30~
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(1) 60ml(48kcal)×4本 | (2) 50ml×1本 | (3) 60ml×2本 |
410ml
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11:30~
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(1) 60ml ×4本 (2) 40ml(32kcal)×1本 |
–
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(3) 60ml×2本 |
+
400 ml |
=
810ml |
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PM
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15:30~
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(1) 60ml ×4本 |
–
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(3) 60ml×3本 |
+ 420 ml
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= 1230ml
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19:30~
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(1) 60ml ×4本 | (2) 50ml×1本 | (3) 60ml×3本 |
+
470 ml |
=
1700ml |
|
総注入量
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1000ml(= 800kcal)
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100ml
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600ml
|
1700ml |
※1クールの注入後には必ず微温湯(40℃程度のやや熱めの白湯を25ml使用してフラッシュを必ず実施しましょう。
(カテーテル内の洗浄を行うことでカテーテルの閉塞を防止します。 ・・洗浄目的ですので水分量には含みません。)
<固形化栄養法を実施して得られた効果>
~Cさんの場合~
◇ 固形化栄養法の実施例(※ 1回の実施時間を15分間とした場合 ・・・あくまで一例です。)
(1) 注入液の比重が高くなった(重みができた)ため、嘔気がついても嘔吐するまでには至らず口内逆流がなくなった。
⇒嚥下性肺炎の防止に効果的
⇒口腔内の汚れが少なくなった - 真菌感染の防止に効果的
⇒痰の量が少なくなった
⇒本人の呼吸状態の改善 - 吸引回数が減少・介護負担の軽減に効果的
(2) 注入時間が短くなった。
⇒本人・介護者の拘束時間が短くなった - 拘束感から発生するストレスからの開放感を獲得
(3) 下痢がなくなった。
⇒寒天を使用することで水様性下痢の発症が激減 - 皮膚のトラブルがなくなった
(4) 胃瘻周囲からの漏れが少なくなった。
⇒寒天を使用することで水様性の漏れ(胃液や栄養剤 等)が減少 - 皮膚のトラブルが減少した
訪問看護サービスを10年間ご利用され、娘さんの手厚い介護の下で経管栄養法を約7年間、そのうち約4年間は固形化栄養法を実施されご自宅で生活されたCさん。 たくさんの御家族に支えられ、看取られながら101歳6ヶ月の長い人生の幕を穏やかに閉じられました。
Cさんのご冥福をお祈り致しますと共に、ご家族様の今後の御多幸を職員一同、心よりお祈り申し上げます。
【訪問看護師からのワンポイントアドバイス】
固形化栄養法の試行 導入の前に・・・・ 固形化栄養法のメリット・デメリットを十分検証しましょう。
固形化栄養法に限らず、基本的にはすべての看護・介護ケアを実施する前に、対象となる個々の有用性を十分検討しましょう。
固形化栄養法については、以下の効果が期待されます。
★固形化栄養法のメリットは、注入中の拘束時間が短縮できるだけでなく、
(1) 注入液の比重が高くなる(重みができる)ため、嘔気がついても嘔吐するまでには至らず口内逆流が少なくなる。
⇒嚥下性肺炎の防止に効果的
⇒口腔内の汚れが原因となる感染症の防止に効果的
⇒ 痰の量が少なくなる(吸引回数の減少)
⇒呼吸状態の改善
⇒ 介護負担の軽減に効果的
(2) 注入時間の短縮化
⇒本人・介護者の拘束時間が短くなる - 拘束感から発生するストレスからの開放感を獲得
(3) 下痢・便秘症の改善
⇒寒天(天然の食物繊維)を使用することで排便コントロールが良くなる - 皮膚のトラブルがなくなった
(4) 胃瘻周囲からの漏れが少なくなった。
⇒寒天を使用することで水溶性の漏れが減少 - ろう孔周囲の皮膚のトラブルが減少した
(5) 外出中でも簡単に栄養注入や水分補給を実施できる
⇒栄養剤注入に必要とされていた安静度の緩和が可能
(6) 経口摂取した分だけのカロリー量の減量や水分補給量の増減が簡単にコントロールできる
⇒注射器を使うことで、経口摂取した量分だけ注入量を減らす作業や、カロリー或いは水分補給量の増減が簡単に操作できる
★ 固形化栄養法のデメリットは、以下のことがリスクとして考えられます。
(1) 固形化栄養を作る手間がかかる・・・腐敗や衛生上の観点から、2日間程度で使い切ることをお勧めします。
(2) 固形化を作る作業工程での失敗・・・ダマができるとカテーテル閉塞の危険性があります。
(3) カテーテルチップに掛かるコスト・・・そんなに高い額ではないと思うのですが、それぞれの受け止め方かも…。
(4) 冷蔵庫のスペースをかなり取ります・・・長期化される方は専用のミニ冷蔵庫購入を検討されてもよいかと思います。
★ 固形化栄養に不向きな方(十分な検討を要する方)
(1) 胃が萎縮している方・或いは胃十二指腸切除手術の既往がある方・・・
(必要量分の注入が可能であるか検証要)
(2) 1900ml/日以上の注入を必要とされる方・・・1日の注入回数が増えます。(注入対応時間の延長化)
※写真及び個人情報については御家族様の許可を得て掲載しております。